2009年1月28日水曜日

なかなかうまくない。

色々とやろうとして手を伸ばしているけれど、なかなかうまくないと自分で思う。基本的に俺は自分が迷惑をかけることが多いと思っている。そして最近それが多い。一つ一つについて考えすぎるあまり、二つ以上のことを同時に抱えたときに、どちらに対しても迷惑がかかってしまうのだ。自由でありたいと願うが、自由であることを自分でセーブしなければならない。そうしなければ結果的に自由は失われてゆくのだ。これは当たり前のことなのだが、俺を含めてなかなかバランスがとれている人はいない。自由を求める人は、まずあまり多くない。これは個性の時代だとか言われる現代だからこそ、少ない。さらにその上で、その求める自由に対して、一定度の距離を置くという人は、これはまさにほとんど存在しないに等しいのである。あるいは本当に存在しないのだが、だからといって自分の責務からそれを免除するわけにはいかない。それをやり続けるのが生きるということだと思うし。俺は価値あると思える人生を生きたいからである。こうしてすごく曖昧模糊としたことを、バラバラなままこうして語るということも、自由さのバランスがとれているかと問われれば、とれていないのだろう。一挙手一動作が果たして本当に自由であるかということは、哲学的であり、日常的である。

2009年1月27日火曜日

そうでなければならない。

確信をもって行動するということは、確信を持たなければ行動しないということだ。俺にはそういう傾向がある。はっきり言って不安である。誰もが不安な時代である。そんなときに行動を起こし、それによって何かを成し遂げようと思うなら、強く突き動かされる何かが必要である。そしてそれは確信につながる。これは確信だけにとどまる話ではないが、意味のある無意味と意味のない無意味がある。そしてそれを見分けることが重要な時代だと俺は思っている。そんなときに、意味のない無意味を重ねることは簡単に消費され、跡形もなく消え去ってしまうことにつながるだろう。それでいいならばそうするのもいいかと思うが、俺はそれでいいとは思わない。そう思うと確信なしには動けない。逆に確信が生まれたとき、どんなにそれが奇異なことであったとしても、動かなければならないと思う。そして事実、動く。とりあえずは確信に対して感覚を研ぎ澄ますことだ。そして一度拾った確信をつきつめ、それが本物であるか見分けることだ。そうすれば自然と行動はついてくるはずだ。俺は今までもそうしてきたし、これからもそうしていくはずだ。 Muss es sein? Es muss sein! Es muss sein! ミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」を読んでいます。面白いです。

2009年1月25日日曜日

長期スパンで。

長い目で考えることが重要なのだと思う。明日何をしているのか。一週間後何をしているのか。一ヵ月後何をしているのか。一年後何をしているのか。十年後何をしているのか。それぞれについて考えることが必要で、でも悩み抜こうという人間は「死ぬまでに何をしているのか」と己に問うことが大切なのだと思う。人生は迷い道で、迷わずに突き進む人には相応の終着点が用意されている。それは適度に賢く、社会的で、安定した生活なのだと思う。逆に迷い続けて進む方向を決めあぐねる人には、終着点などは存在しない。賢く、あるいは愚かに、社会的で、あるいは反社会的な、安定を欠いた生活が用意されている。待っていると言ったほうがいいのかもしれない。だからこそ「死ぬまでに何をしているか」ということが取りざたされるのだ。逆に、安定した行程を辿り終着点に到達する人間にとって、それはわかりきった愚問でしかない。死ぬまで考え続けるなんて、長期もいいとこである。もはやそれが目的と成り果てている。しかし悩むこと、考えることが好きな人間にとって、迷うことは目的としても差し支えない魅力を備えている。だからこそ迷いながらもそんな道を選択する人間が後を絶たないのだろう。あるいは彼らが作ったものが評価されるように芸術という言葉が生まれたのだろう。近年、社会を見ていると、スパンはどんどん短くなっている。そして短くなるのと比例するかのように芸術という言葉が濫用されている。そんなときにこそ、本当に迷う人間たちは困惑する。芸術という言葉が埋める部分が大きくなればなるほど、たくさんの存在が世の中にあふれ、それらが同一平面上に扱われ、迷うことない道を進まされてしまう強制力を感じるのだ。そう、確かに世界は進歩してきたのだ。もはや人は「生きてるだけでもうけもん」と言える時代になってしまったではないか。今日さえ考えれば生きていける時代になってしまったではないか。でも、やはり俺は、死ぬまで考えたい。そのように生まれついたと自分を信じて、死ぬまで迷いあぐねていたい。

2009年1月24日土曜日

自作引用2

予備校生の時に書きためていた文章の中から一部。
多少の加筆修正および削除を加えましたが、まだ若いのでパッションが先走っています。

『滑降コミュニケーション』
世間では馴れ合いが蔓延している。情報化社会によってそれは改善するどころか促進された。本来コミュニケーションというものは最初から円滑ではありえない。それは人間の本質がどれをとっても同じであることなどありえないからだ。
コミュニケーションとはその人間の本質という異なる形の歯車を噛み合うように削る作業に似ている。それぞれの歯車は最初、まったく噛み合わないことも多い。しかし削っていくとふいに噛み合う瞬間がある。そうしたらその部分を他にも応用していけばよいからそれほど難しくなく全体を噛み合わせることができる。そして一度噛み合った歯車は話題の転換とともに取り外される。人間は木やプラスティックではないからもう一度自分という形の歯車を取り出すことは容易である。そうしてまたコミュニケーションという作業が再開されるのだ。
馴れ合いはいわば最初からこの歯車にスポンジを巻く行為に等しい。よほど歪んだ円形でなければぎこちなくとも歯車は回転する。表面上はコミュニケーションとして成立する。しかし内部にどのような突起があってもスポンジが取れるまではわからない。それは本質的にはその人間のことを何も知らないということに等しい。
「空気を読む」という言葉がある。今現在この言葉を使っている人間はその言葉が「スポンジを巻け」と言っている可能性がある点を注意すべきだ。もちろん本当に「空気を読め」ていないという場合も存在する。それは誰かの計算、もしくはあるべき状況を著しく害する場合だ。そういう場合の「空気を読め」は逆に「歯車を削れ」となる。思うに最近の「空気を読め」は「スポンジを巻け」の場合が多すぎるのだ。これはもちろん私の周りだけを指している訳ではない。むしろ私はそのようなコミュニティーに赴こうとは思わない。世間一般の風潮としての話だ。
「一線を越える」という言葉がある。この言葉は否定的な言葉として使われがちだが、本来否定的である要素はどこにもない。辞書的定義によれば「現状を保つ限界を超えた行動をする」ということだが、これは現状を保つべきであるという前提の話でない限り否定的にはなりえない。私はいつでも一線を越える人間でいるつもりだ。
一線を越える人間は確かに存在する。一線を越える人間と一線を越えない人間は私の中では厳然と別けられているし、その分類は今後あまり大きくは変化しないだろう。もちろんこれは単なる私の主観に過ぎない。しかし私はこの主観を確信している。そしてその主観によって別けられた人たちの中からは三つの共通点を見出すことができた。一つ目はどの思想に対しても懐疑的であること。二つ目は「スポンジを巻け」とは決して言わないこと。三つ目は酒を飲むと議論を始めること。この三つである。
教師は一線を越える人間以外には向かない職業である。それは私の見出した共通点が正しいと仮定するなら理解されることだと思う。誰が好き好んで盲目的に追従する思想を持ち、スポンジを巻かせ、議論を好まない教育者に教育されたいと思うだろうか?もちろん一線を越える人間にも向かない者はいるだろう。しかしそういった人間の大半は「一線を越えてしまった」者たちなのだろう。彼らは本質的に一線を越えている訳ではなく、環境、知能、性別、人格、個性、そういったものとの軋轢から「一線を越えざるをえなかった」のだ。
芸術家は一線を越えた人間以外には不可能な職業である。盲目的に追従する思想を持ち、スポンジを巻かせ、議論を嫌う芸術家などナンセンスだ。「私には分からない」という言葉を免罪符にあたかも自分は門外漢であるようなそぶりを続ける人間にどれほどの芸術が創れるだろう?もしかしたらいま分からないといったものが次の芸術となるかもしれないのだ。政治が、宗教が、科学が芸術になりえないなどと誰が言えるだろう?理系?文系?じゃあ芸術家は芸術系の知識のみを習得して思うがままに創作活動を繰り広げればよいのか?そんなことはありえない。それでは単なるオナニズムである。一山いくらで売られるなんということはない作品を作りたいのだったらそうすればよい。
そしてオナニズムの蔓延した状態で発せられる言葉、それこそが「スポンジを巻け」という意味での「空気を読め」という言葉である。それぞれがそれぞれのスポンジを巻いた歯車、表面上円滑なコミュニケーションを披露している中で、本質に対して切り込もうとする剥き出しの歯車は確かに誰かの計算、もしくはあるべき状況を著しく害するかもしれない。しかしそれは本質的なコミュニケーションを求める真っ当な人間からすればあたりまえの行為なのだ。このことに気づかずオナニズムを続けることが真っ当であると開き直る人間が居たら、それはオナニズムの蔓延が常態化してしまった人間である。
人間が何かを表現するとき、大きく別けて二つの方法がある。一つ目はコップに溜まっていった水が溢れ出る方法で、二つ目がコップに溜まった水で何かを創造する方法である。具体的な言葉で方法を説明するとすればコップに溜まった水が溢れ出る方は普通、感情として処理され、コップの水で何かを創造するほうは普通、感性として処理される。これらはどちらの方法もバランスよく行っているのが真っ当な状態で、片方に傾倒しすぎるのはどちらにせよ問題である。
オナニズムとはこの溢れ出る、感情を開放し、感性はあまり開かない状態である。もちろん感性もある程度は開かれているが、感情の開放が優先されるのだ。このような状態が持続することによって人間はどんどん感情面に頼るようになる。本来ならば感情も感性もどちらも育っていくものであるはずが感性の成長が遅くなってしまうのだ。すると感情的な面が行動に現れやすくなる。もちろんそれをすばらしい方向に向けることも不可能ではないが、感性の辞書的定義にも「理性・意思によって制御されるべき感覚的欲望」とあるように、感性は感情に比べてコントロールが容易なのだ。それでは逆に感情を抑え、感性を開放するとどうなるのか?これではこんどは感情が育たない。感性は感情に比べてコントロールは容易であるが、そのコントロールは一定量以下のものである。あるとき許容量を超えた水はコントロールしきれなくなった感覚を抱えて情緒不安定に陥るのだ。つまりどちらにせよ偏りはコントロール不可能な状況を作り出すことになる。
このような状況から見て、現状におけるオナニズムの蔓延は危険な状態を招くことが目に見えている。では我々はどうすべきなのか?
(未完)

2009年1月23日金曜日

立ち上げる感覚。

DIYという言葉がある。Do It Yourselfの略語で、早い話が「自分一人で何でもやる」ということだ。この言葉は20世紀の中頃から至る所に現れ、世界を席巻した。特に音楽の世界ではその影響力はすさまじく、パンクやヒップホップはもろにその影響を受けている。これは端的に言えば技術と思想の進歩の結果である。楽器を弾けなくてもとりあえず持って音を出してしまう。今まで数多生まれてきた曲をサンプリングして音を出してしまう。技術と思想の革新に乗って、音楽はもはや誰でもコミットできる文化になったのだ。ってなもんである。そして技術と思想の革新はまだまだ波及している。いまや音楽だけではない。映画も会社も果ては政治までもがDIYの精神でもって一人で歩き出すことを許している。「ほしのこえ」を一人で作った新海誠、いたるところで生まれる個人事業主、東京都知事選に出馬した外山恒一などはその顕著な例である。そして俺はたぶんこのDIYの系譜に名乗りをあげたいのだと思っている。これからの時代、何をやるにしても、まずは自分動かなければ話にならない。もちろん、その時々に縁があった人と共同で動くことはいいだろう。しかし基本的に、まずは自分、自分が何をしたいのか、あるいは自分がどうなりたいのかである。それを信念として持っていたら、周囲に何を言われてもあとはそれをやり通すのみである。そんなときに、立ち上げる感覚というのは非常に重要になってくる。誰かから何かを引き受けるとか、あるいは誰かに何かを引き受けてもらうというのは、何かをするときに非常に多く遭遇するシチュエーションである。その時に、誰かから何かを引き受けたり、誰かに何かを引き受けてもらったりしたとしても、自分がそこにいて、立ち上げている感覚というものを、研ぎすまさなければならない。それは単なる技術論ではなく、それを超えた精神的な何かである。それさえあれば何かを成し遂げることはたぶん結果としてついてくるだろう。人生が終わるときにでも振り返ってみれば色々なものが残るに違いない。逆に、いくら大金を稼いだとしても、いくら社会的地位を築いたとしても、それがない人間を焼いた後には骨も残らない。少なくとも俺はそう考えるし、実際にそうなのではないかと思う。そして、その傾向はますます顕著になっていくはずだ。

2009年1月22日木曜日

文化系男子3

2009年1月20日火曜日

ナチュラル☆ぱんぴー

小学校の頃、周りの奴がぱんぴーじゃない俺をからかうことが良くあった。その頃、俺はぱんぴーに憧れていて「みんなの輪に溶け込む」ということを至上命題としていたが、いつもずれていた。ナチュラルな行動をとるとどうも周囲から浮くのだ。そして俺は中学に入った。頭いい奴がいっぱい居て、そいつらは「ナチュラルじゃつまらないからあえて」変人な奴が多かった。そこでは「ナチュラルに」変人な俺はやっぱりからかわれた。そしてその頃、やっぱり俺はぱんぴーに憧れていた。より正確に言うなら「ナチュラルじゃつまらないからあえて変人な奴」というぱんぴーに憧れていた。そうして結局ぱんぴーになれないまま高校を卒業した。その後、俺は引きこもったり食べ物を拾ったりして一年を過ごした。引きこもりとホームレスはその頃の俺にとって天使だった。ナチュラルだからこそ引きこもり、ナチュラルだからこそ家が無くなるのだと半ば信じていた。今でも少し信じているかもしれない。その無意味な一年間を過ごした俺は、やっぱり引きこもりにもホームレスにもなれない自分を発見した。俺はナチュラルになりたいがために変人をやめた結果、ナチュラルでも変人でもないただの人になっている自分を発見したのだ。そう、まさに夢見たユートピア、ぱんぴーになった瞬間である。・・・と言いたいところだが、それはぱんぴーではなかった。ユートピアにたどり着いたらそこは地獄の入り口だったのだ。俺はこの先どうなるのかわからない。変人でもナチュラルでもなくなっちまったから、もうなにもかもわからない。時々芸術をする、時々仕事をする、時々退廃をする。なんだかよくわからない。でもそれでいいと思ってる。たぶん俺が夢見たのはナチュラルにぱんぴーな奴だったのだ。平和に暮らしたかったのだ。別に好きでドン引きされるわけじゃない。空気のように溶け込んで、縁の下の力持ちよろしく世界を支える、すばらしくまともな人間たちに俺は憧れていたのだ。しかしそんな気持ちは、今はもうない。